するあなたの

カテゴリー


 でも死体に赤い指の跡などはありませんでした。あなたの話の中にも、そういうものを消したという内容は出てきませんでした。すると指を塗ったのは事件の後ということになる。ところが、おかあさんがその際に使ったはずの口紅が見当たらない。この部屋のどこにもないのです」
「口紅は、そりゃあきっと八重子の……」
 そういってから昭夫は、その可能性がないことに気づいた。
「奥さんの鏡台は二階にある。おかあさんは階段を上がれないんでしたね」
「じゃあ、どこに?」
「この家にないとすれば、どこにあるのか。誰かが持ち出したとしか考えられない。それは誰か。そこで妹さんに確認してみたのです。最近、おかあさんが使った可能性のある口紅を知らないか、とね。──田島さん、例のものを見せてください」
 春美はハンドバッグを開け、中からビニール袋を取り出した。そこには一本の口紅が入っていた。
「あれが、その口紅です。色を確認しましたが、間違いないようです。詳しく成分を調べれば、さらにはっきりするでしょう」
「どうしておまえが持っているんだ?」昭夫は春美に訊いた。
「前原さん、問題はそこです」加賀はいった。「田島さんがちょっと目を離した隙に、おかあさんが田島さんの口紅で悪戯をしたこと自体は不思議でも何でもない。奇妙なのは、その口紅を現在田島さんが持っているという点なんです。──田島さん、今日以前であなたが最後におかあさんに会ったのはいつですか」
「……木曜の夜です」
「なるほど。つまりその口紅は、それ以後、この家にはなかったということになる。前原さん、これがどういうことかわかりますね」
「わかります」昭夫はいった。「母が指を赤く塗ったのは木曜の夜、ということですね」
「そういうことになるでしょうね。となれば、おかあさんが犯人だと話と矛盾してくる。何度もいうように、死体に赤い指の痕跡はなかったのです」
 昭夫は爪が掌に突き刺さりそうなほど強く拳を固めた。
「そういうことか……」
 虚しさが彼の全身を包んでいった。
 



は驚いた芝居

カテゴリー

小さな門の外に、黒っぽいスーツを着た男が立っていた。背の高い、三十代半ばと思われる男だった。日に焼けているので、彫りの深い顔の陰影がいっそ鑽石能量水 消委會う濃く見えた。男は昭夫を見て、軽く会釈を寄越してきた。
「お休みのところ、申し訳ありません」男が快活な調子でいった。「あの、ちょっとよろしいですか」門扉を指さした。
 門をくぐってもいいかという意味らしい。どうぞ、と昭夫は答えた。
 男は門扉を開け、短いアプローチに入ってきた。ドアのぞばまで来てから警察手帳を出した。
 男は練馬署の刑事で加賀といった。言葉遣いは柔らかく、いかにも刑事といった威圧感はない。しかし、何となく近寄りがたい雰囲気を持った人物だった。
 すぐ向かいの家の玄関先にも、スーツを着た男が立っていた。その家の主婦を相手に何か話し込んでいる。彼も刑事なのだろう。つまり大勢の捜査員が、現在この鑽石能量水 騙局付近一帯で聞き込みをしているということだ。
「何かあったんですか」昭夫は聞いた。事件のことは知らないふうを装ったほうがいいと判断した。なぜ知っているのかと問われた時、答えられないからだ。
「銀杏公園を御存じですか」加賀は訊いた。
「知ってますけど」
「じつは、あそこで今朝、女の子の遺体が見つかりましてね」
 へえ、と昭夫は発した。少しをしたほうがいいのかもしれなかったが、そんな余裕はなかった。無表情なのが自分でもわかった。
「そういえば、朝からパトカーのサイレンが聞こえてましたね」
「そうでしたか。早朝から申し訳ありませんでした」刑事は頭を下げた。
「いえ……あの、どこのお子さんなんですか」
「四丁目の、あるお宅のお嬢さんです」加賀は懐《ふところ》から一枚の写真を出してきた。被害者の名前は明かせないきまりなのかもしれない。「こういう女の子なんですがね」
 その写真を見せられ、昭夫は一瞬呼吸が鑽石能量水 消委會出来なくなった。全身が総毛立つのがわかった。
 写っているのは目の大きい、かわいい女の子だった。冬場に写されたらしく、首にマフラーを巻き、頭の上で束ねた髪には毛糸の飾りがついていた。その笑顔は幸福感に満ちあふれていた。
 この少女が、昨夜自分が段ボール箱で運び、汚く暗い公衆トイレに捨てた死体だとは、昭夫にはとても思えなかった。考えてみれば、じつは死体の顔をしっかりと見たわけではなかったのだ。
 こんなにかわいい子供を──そう思うと、昭夫は立っていられなくなった。しゃがみこみ、思いきり叫びたかった。さらには今すぐに二階に駆け上がり、現実に背を向け、自分の作り上げた貧相な世界に閉じこもっている息子を、この刑事たちの前に突き出したかった。もちろん自らも罪を償いたかった。
 だが彼はそうはしなかった。足の力が抜けそうになるのを堪え、表情が強張りそうになるのを必死で耐えた。



思うことに

カテゴリー

 間もなく夕食という時になって、隆正《たかまさ》はさっきのカステラが食べたいといいだした。松宮《まつみや》が土産に持ってきたものだ。
「こんな時間に食べてもいいのかい」松宮jacker薯片は紙袋を持ち上げながら訊いた。
「かまうもんか。腹が減ったら食べる、それが身体には一番いいんだ」
「知らないぜ、看護婦さんに叱られてもさあ」そういいながらも年老いた伯父が食欲を示してくれたことが、松宮はうれしかった。
 紙袋から箱を取り出し、蓋《ふた》を開けた。一口サイズのカステラが一つ一つ包装されている。その一つの包装をはがし、松宮は隆正のやせ衰えた手に渡した。
 隆正はもう一方の手で枕を動かし、首を立てようとした。松宮はそれを手伝った。
 ふつうの大人なら二口ほどで食べ終えてしまうカステラを、隆正はたっぷりと時間をかけ、少しずつ口に入れていった。飲み下す時がやや辛そうだが、甘い味をjacker薯片楽しんでいるようには見える。
「お茶は?」
「うん、もらおう」
 そばのワゴンの上に載っていたペットボトルを松宮は隆正に渡した。それにはストローが差し込まれている。隆正は寝たままで器用に飲んだ。
「熱はどう?」松宮は訊いた。
「相変わらずだ。三十七度と八度の間を行ったりきたりだな。もう慣れたよ。これが自分の平した」
「まあ、平気ならいいんだけどさ」
「それより修平《しゅうへい》、こんなところに来てていいのか。仕事のほうはどうなんだ」
「例の世田谷の事件が片付いたから、今はわりと余裕があるんだ」
「そういう時こそ、昇進試験の勉強でもしたらどうだ」
「またそれかよ」松宮は頭を掻《か》き、顔をしかめた。
「勉強が嫌なら、女の子とデートでも何jacker薯片でもしたらいい。とにかく、私のことはそんなに心配するな。ほうっておいてくれればいい。克子《かつこ 》だって来てくれるしな」
 克子というのは松宮の母親だ。隆正の妹でもある。



争意識を燃やして

カテゴリー

 また凡て潔(きよ)き鳥は皆汝らこれを食(くら)うべし。但し是等は食(くら)うべからず即ち(わし)、黄鷹(くまたか)、鳶(とび)、(はやぶさ)、鷹(たか)、黒鷹の類(たぐい)、各種(もろもろ)の鴉(からす)の類(たぐい)、鴕鳥(だちょう)、梟(ふくろ)、鴎(かもめ)、雀鷹(すずめたか)の類(たぐい)、鸛(こう)、鷺(さぎ)、白鳥、※※(おすめどり)[#「(「署」の「者」に代えて「幸」)+鳥」、148-9][#「虞」+「鳥」、148-9]、大鷹、(う)、鶴(つる)、鸚鵡(おうむ)の類(たぐい)、鷸(しぎ)および蝙蝠(こうもり)、また凡て羽卜維廉中學翼(つばさ)ありて匍(はう)ところの者は汝らには汚(けがれ)たる者なり汝らこれを食(くら)うべからず。凡て羽翼(つばさ)をもて飛(と)ぶところの潔(きよ)き物は汝らこれを食(くら)うべし。
 凡そ自(みずか)ら死(しに)たる者は汝ら食(くら)うべからず。」
 実に、こまかいところまで教えてある。さぞ面倒くさかった事であろう。モーゼは、これらの鳥獣、駱駝や鴕鳥の類まで、いちいち自分で食べてためしてみたのかも知れない。駱駝は、さぞ、まずかったであろう。さすがのモーゼも顔をしかめて、こいつはいけねえ、と言ったであろう。先覚者と數學補習老師いうものは、ただ口で立派な教えを説いているばかりではない。直接、民衆の生活を助けてやっている。いや、ほとんど民衆の生活の現実的な手助けばかりだと言っていいかも知れない。そうしてその手助けの合間合間に、説教をするのだ。はじめから終りまで説教ばかりでは、どんなに立派な説教でも、民衆は附(つ)きしたがわぬものらしい。新約を読んでも、キリストは、病人をなおしたり、死者を蘇(よみがえ)らせたり、さかな、パンをどっさり民衆に分配したり、ほとんどその事にのみ追われて、へとへとの様子である。十二弟子さえ、たべものが無くなると、すぐ不安になって、こそこそ相談し合っている。心の優しいキリストも、ついには弟子達を叱(しか)って、「ああ信仰うすき者よ、何(なん)ぞパン無きことを語り合うか。未(いま)だ悟らぬか。五つのパンを五千人に分ちて、その余(あまり)を幾筐(いくかご)ひろい、また七つのパンを四千人(しせんにん)に分ちて、その余(あまり)を幾籃(いくかご)ひろいしかを覚えぬか。我が言いしはパンの事にあらぬを何(なん)ぞ悟らざる。」と、つくづく嘆息をもらしているのだ。どんなに、キリストは、淋(さび)しかったろう。けれども、致しかたが無いのだ。民衆は、そのように、ケチなものだ。自分の明日のくらしの事ばかり考えている。
 寺内師の講義を聞きながら、いろんな事を考え、ふと、電光の如(ごと)く、胸中にひらめくものを感じた。ああ、そうだ。人間には、はじめから理想なんて、ないんだ。あってもそれは、日常生活に即した理想だ。生活を離れた理想は、――ああ、それは、十字架へ行く路(みち)なんだ。そうして、それは神の子の路である。僕は民衆のひとりに過ぎない。たべものの事ばかり気にしている。僕はこのごろ、一個の生活人になって来たのだ。地を匍(は)う鳥になったのだ。天使の翼が、いつのまにやら無くなっていたのだ。じたばたしたって、はじまらぬ。これが、現実なのだ。ごまかし様(よう)がない。「人間の悲惨を知らずに、神をのみ知ることは、傲慢(ごうまん)を惹(ひ)き起す。」これは、たしか、パスカルの言葉だったと思うが、僕は今まで、自分の悲惨を知らなかった。ただ神の星だけを知っていた。あの星を、ほしいと思っていた。それでは、いつか必ず、幻滅の苦杯を嘗(な)めるわけだ。人間のみじめ。食べる事ばかり考えている。兄さんが、いつか、お金にもならない小説なんか、つまらぬ、と言っていたが、それは人間の率直な言葉で、それを一図(いちず)に、兄さんの堕落として非難しようとした僕は、間違っていたのかも知れない。
 人間なんて、どんないい事を言ったってだめだ。生活のしっぽが、ぶらさがっていますよ。「物質的な鎖と束縛とを甘受せよ。我は今、精神的な束縛からのみ汝(なんじ)を解き放つのである。」これだ、これだ。みじめな生活のしっぽを、ひきずりながら、それでも救いはある筈だ。理想に邁進する事が出来る筈だ。いつも明日のパンのことを心配しながらキリストについて歩いていた弟子達だって、ついには聖者になれたのだ。僕の努力も、これから全然、新規蒔直(まきなお)しだ。
 僕は人間の生活をさえ否定しようとしていたのだ。おととい鴎座の試験を受け、そこにいならぶ芸術家たちが、あまりにも、ご自分たちのわずかな地位をまもるのに小心個人化護膚儀器

翼々の努力をしているのを見て、あいそがつきたのだ。殊(こと)にあの上杉氏など、日本一の進歩的俳優とも言われている人が、僕みたいな無名の一学生にまで、顔面蒼白(そうはく)になるほどの競いるのだから、あさましくて、いやになってしまったのだ。いまでも決して、上杉氏の態度を立派だとは思っていないが、けれども、それだからとて人間生活全部を否定しようとしたのは、僕の行き過ぎである。きょう鴎座の研究所へ行って、もういちどあの芸術家たちと、よく話合ってみようかと思った。二十人の志願者の中から選び出されたという事だけでも、僕は感謝しなければならぬのかも知れない。
 けれども放課後、校門を出て烈風に吹かれたら、ふいと気持が変った。どうも、いやだ。鴎座は、いやだ。ディレッタントだ。あそこには、理想の高い匂(にお)いが無いばかりか、生活の影さえ稀薄(きはく)だ。演劇を生活している、とでもいうような根強さが無い。演劇を虚栄している、とでも言おうか、雰囲気(ふんいき)でいい心地になってる趣味家ばっかり集っている感じだ。僕には、どうしても物足りない。僕はもう、きょうからは、甘い憧憬家(しょうけいか)ではないのだ。へんな言いかただけど、僕はプロフェショナルに生きたい!
 斎藤氏のところへ行こうと決意した。きょうは、どうあっても、僕の覚悟のほどを、よく聞いてもらわなければならぬ、と思った。そう決意した時、僕のからだは、ぬくぬくと神の恩寵(おんちょう)に包まれたような気がした。人間のみじめさ、自分の醜さに絶望せず、「凡(すべ)て汝(なんじ)の手に堪(た)うる事は力をつくしてこれを為(な)せ。」
 努めなければならぬ。十字架から、のがれようとしているのではない。自分の醜いしっぽをごまかさず、これを引きずって、歩一歩よろめきながら坂路をのぼるのだ。この坂路の果にあるものは、十字架か、天国か、それは知らない。かならず十字架ときめてしまうのは、神を知らぬ人の言葉だ。ただ、「御意(みこころ)のままになし給(たま)え。」
 たいへんな決意で、芝の斎藤氏邸に出かけて行ったが、どうも斎藤氏邸は苦手(にがて)だ。門をくぐらぬさきから、妙な威圧を感ずる。ダビデの砦(とりで)はかくもあろうか、と思わせる。
 ベルを押す。出て来たのはれいの女性だ。やはり、兄さんの推定どおり、秘書兼女中とでもいったところらしい。
「おや、いらっしゃい。」相変らず、なれなれしい。僕を、なめ切っている。
「先生は?」こんな女には用は無い。僕は、にこりともせずに尋ねた。
「いらっしゃいますわよ。」たしなみの無い口調である。




もう見えなかっ

カテゴリー

今度は湧奈も疑問を感じたようだ。
「明里のことなんだから要が入ってくることないんじゃ」
「私のことだもん」
「……へ?」
伸羅と湧奈は、同時に言った。
「……へへっ」
明里は誤魔化そうLumiere脫毛と笑った、が誰にも通用しなかった。
「余計なお世話だよね、それ」
湧奈は明里に説教し始めた。
「……で、どうする?」
伸羅は、一応要に聞いてみた。
「修斗に何か用あるんでしょ?」
「……」
要は少し考えるような様子を見せていたが、
「……よく会う?」
「うーん、最近はあんLumiere脫毛まり会わないなあ」
「そう……」
「ああ、でも、会おうとすればいつでも会えると思う」
「じゃあ、さ。これ、渡してもらったりできる?」
少し厚みのある封筒だった。
「え?ああ、いいけど……これは?」
「えっと、夢……」
それだけ言うと、要は下を向いてしまった。
「……?そう、分かった」
「お願いします!」
「!あ、ちょっと!?」
次の瞬間、要は立ち上がり、店を飛び出していった。
「いい?あんたさあ……って、え!?」
「要!?」
湧奈と明里も驚き、そちらの方を見たが、要の姿は、た。
「……伸羅、要Lumiere脫毛に何言ったの!?」
「え!?何も言ってないって!」
「ホントに?」
「あたし、行くよ。ちょっと心配だし」



笑顔で「分

カテゴリー

 その代わり生まれたのは、疑問だった。歩は自分のことを嫌いなはずなのに、どうして笑顔で話しかけてくることが出来るんだろうか。また、嫌いだと言って見放すときが来るのだろうか。そう考えてしまうと、急に体温が落ちて行くのを感じる。手のひらは、またたく間に冷たくなる。
「じゃ、俺、出かけてくるから。そうだなー、7時か8時には帰ってこ嬰兒濕疹れると思う。遅くなるようだったら、連絡するから」
「……別にしなくていい」
 呟くように言うと、歩は笑って「するから」と言ってリビングから出て行った。いきなり優しくされても、何か裏があるのではないかと疑ってしまって、歩のことを信じきれなかった。変わったのは、停電が起きた昨日から。歩も変わっているけれど、健人自身も変わりつつあった。前ならば、要らないと言われれば絶対に作らなかっただろう。どれほど頼まれても要らないと言ったんだからと言って、一刀両断していたはずだ。それなのに、リクエスト通りご飯を作っているのが信じられなかった。
「……俺、どうなってるんだよ」
 感情をこめて吐きだしても、答えなど見つからなかった。それに、見つける気も嬰兒濕疹あまり無かった。本当のことを知るのが、少し怖かった。
 7時か8時ぐらいになったら帰ってくると言っていた歩だったが、そろそろ9時になろうとしているのに家には帰ってこなかった。学校へ行っている時から、結構遅くなることもたびたびあり、母が一度怒っているのを目にしたことがあった。連絡の1本ぐらい入れてねと言った母に対して、歩はかった」と言ったが、遅くなるとき連絡を入れることは無かった。所詮、口だけなのだと言い聞かせて、健人はテレビの電源を入れた。
 フライパンの中には、麻婆豆腐が入っているし、冷蔵庫の中には春雨サラダが置いてある。中華スープも作ってあって、あとは歩が帰ってくるだけの状態になっている。一人で食べようかと思ったが、片づけをするのは健人なので、帰ってくるまで待つことを決めた。それから、すでに2時間は経っている。帰ってこないなと、玄関へ続く扉を見つめては、何故、帰りを待っているんだと自分を諌め、わざとらしくテレビに目線を向けた。
 昼食以降、何も口にしていないせいか、先ほどからぐるぐると腹が鳴っている。さっさと食べてしまった方が良いのではと思うが、体を動かすのも面倒になりソファーに凭れかかっていた。昨日はあまり眠れず、早く目が嬰兒濕疹覚めてしまったせいか、こんな早い時間から眠気が襲ってきていた。テレビは大して面白いのもやっていない。うとうとと瞼が重たくなってきて、頭を振って目を覚まそうとするが、眠気の方が勝っているせいかドンドンと視界が狭くなっていく。
 気付いた時には、眠ってしまっていた。



した迫力もな

カテゴリー

「例の飯山大学病院の『セフィロゾール』の件、どうなってる?」
「あ、はい。薬局長の承認はもらってますので、あとは福山ドクターの許可を得られれば―――」
「そんなことは分かっている! ドクターへのアプローチはどうなっているかと訊いているんだ」

喬允の返答を苛立たしげに遮って、近田は一方的に鑽石能量水 問題追及した。薄くなりかけた生え際をがしがしこすって、喬允を威圧的に見下ろす。尤も、痩せぎすの小男である近田には大いのだが。喬允は淡々と、

「はい。何度か医局で面会させていただきました。お陰で、顔と名前は覚えてもらえましたよ。今度、ランチを兼ねた説明会を開く予定です。その準備を進めているところで」
「顔を覚えてもらっただと? 正気か? 君は。『セフィロゾール』だぞ。第三世代よりスペクトラムが広い第四世代セフェムだぞ。採用が決定すれば、年間五億、いや六億の売り上げが―――」
「お言葉を返すようですが、スペクトラムが広いからこそ、処方にはより厳密さが求められるのではないでしょうか」

今度は喬允が言葉を遮った。本当なら、こちらこそ『正気か?』と返してやりたいところだった。

『セフィロゾール』は第四世代セファロスポリンの抗生剤で、喬允が勤める出水製薬が現在最も売り込みに力を入れている新薬だった。

第三世代に比べて抗菌スペクトルが広い、簡単に言えば薬の作用nuskin 如新範囲が広い。だから近田が言うように大量の処方が見込めるのかもしれないが、喬允はその考え方には賛同しかねた。

副作用の懸念ももちろんだが、抗生剤使用の裏には、耐性菌の問題があるからだ。

どんな強力な抗生剤でも、それに対する耐性を持った菌は必ず生まれる。その耐性菌を殺すためのさらに強力な抗生剤を開発しても、耐性菌の方もそれに合わせて進化する。これでは全く埒が明かない。

抗生剤の濫用が耐性菌の進化を助長していると言われても仕方ない状況が、現在起きているのだ。

それにもう一つ。近田は“顔を覚えてもらっただけ”と考えているようだが、相手は大学病院の外科部長。面会まで漕ぎ着けるのにどれだけ苦労したか。いつ訪問しても、医局前の廊下には鑽石能量水 騙局面会待ちの他社MRがずらっと並んでいる。もちろん、会ってもらえるという確証などない。

そんな中で何度も面会し、顔と名前を覚えてもらい、説明会の約束まで取り付けたのだ。よくやったと労いの言葉の一つも欲しいくらいだった。




魔力が溜ま

カテゴリー



 昇降口のドアが錆びた音を立てて閉まる。
 大きく息をついた。
 どうも調子が狂う。
 外見でなく精神的にも鑽石水子供の部分があるのだろう。
 咄嗟の反応が子供っぽい。
「ありがとう……か」
 ちょっと顔が緩んだ。見下した笑みではない。もっと素直な表情。正直、満更でもないかなと思う。もちろん、ホンの少しだけど。
「安っぽい言葉ね。まったく」
 わざとらしく咳払いを一つ。
 頬から体温が引くのを待った。
 これだけ経てば、不意に鳴海が戻ってきたりしない。
 両足は体重を維持するのも難しくなっている。
 コンクリートの床にお尻をついて座り込んだ。
 空に視線を向ける。
 気の早い星が輝きつつあった。
 夜空は薄く、星は軽くなった。
 自分がこの地に来た頃は、奇妙な衣類に珍能量水妙な髪型をしていたのを思い出す。
 ここ数百年で大きく変わった。陳腐な表現をすると文明の進歩だろう。
 魔法に比べると科学はあまりに不便で無力で非効率で幼稚だ。だが、その歩みは無限の可能性を秘めている。遥か未来、自分が辿りつた真理の世界に到達するのではないか。
 時の呪縛から解き放たれ、永遠を生きられる自分なら、それを目にする事もできる。楽しみだ。
 仰向けになった。傷を回復させるには、まだるのを待たなければいけない。
 それにしても、今回は予想以上に苦戦した。
 原因は浪費。いくつもの魔法を同時に使いすぎている。藤見野市を覆う結界。擬似空間の維持。そもそも蛇の目屋。そして鈴鳴 紅音という存在自体が強引に作り出した物。
 これらだけでもかなりの魔力だが、それ以上に大きなのは擬似生命の維持。
 死んだ人間の魂を無理やり身体に繋ぎ止めている。これには膨大な魔力が必要だ。
 しかも、一人ではなく二人分も!
 猟犬より手強い妖怪は沢山居る。
 何か策を講じないと……。
「ま、なるようになるわよ。うん」
 考えるのは、また暇な時でいいや。流石に鑽石水疲れた。少し眠っておこう。
 ゆっくりと目を閉じる。
 あっという間に意識が遠のいていった。



れほどの腕前

カテゴリー

「はい。おっしゃるまでもなく……」
 上からの信用はあった。城代家老に言われるまでもなく、修左衛門もやめるつもりはなかった。この仕事が面白く楽しくてならなかったのだ。もっとも、下のほうでは彼に対して、いくらかの悪評もあった。しかし、そんなことを気にしていたら、この職はつとまらぬ。
 勘定奉行をやれる人物など、ほかにいない。大坂の米問屋、両替店を鑽石能量水 消委會はじめ、商人たちとの交渉。こういったことは、武芸や学問だけしか知らぬ人物にはできっこない。
 修左衛門にとって、すべて順調に進展しながら、年月が流れていくように見えた。

 修吾は三十五歳になった。ある日、凶事が発生した。夜、屋敷の|中間《ちゅうげん》が駆け戻ってきて叫んだのだ。
「大変です、大変です……」
「いったい、なにがおこったのだ」
 修吾が聞くと、中間は修左衛門の死を告げた。
「ご主人さまが殺された……」
「だれにだ。落ち着いてよく話せ」
「勘定頭のひとり、駒山久三郎にです。料理屋からの帰りのことです。道でたまたまお会いになった。なにかお話をおはじめになった。聞いては悪いと、わたくしは少しはなれて待っておりました。そのうち、駒山さま工商管理 財務學の声がしだいに激しくなったかと思うと、たちまち刀を抜いて
切りかかり、ご主人さまは身をかわすひまもなく……」
「そういえば、駒山はまだ若く、かっとなりやすい性格だったな。それにしても、むちゃだ」
 そばで聞いていた妻は、実の父というわけで、声をふるわせながら言った。
「お父上が殺されるなんて、あんまりでございます。早く、なんとか……」
「わかっている。すぐ行って、しとめてくれる。だれか、三人ほどついてまいれ。やつはそではないぞ。それから、ひとりはお城へ知らせに行け……」
 修吾は三名の若党を連れ、駒山の屋敷へかけつけた。また、お城からも応援がきた。しかし、もはや駒山の姿はなかった。凶事のあと、馬に乗って藩外へ逃亡してしまったらしい。国境に関所はあるが、家臣が通るのをとめるわけにはいかなかった。
 つぎの日、修吾はお城へ出て、城代家老のところへ行った。城代は言う。
「修左衛門は、まことに気の毒なことであったな。当藩にとって、かけがえのない人物であったが……」
「さっそくですが、わたくしは、かたき討ちをいたさねばなりません」
「よく言った。武士はそうあらねばならない……」
 城代は大きくうなずき、そのあと、声を低くしてつづけた。
「……まさしく、おもてむきはそうだ。しかし、藩の財政鑽石能量水 消委會となると、これまた重要。さっき、勘定頭たちの意見を聞いたのだが、修左衛門の後任として勘定奉行をつとめられるのは、そちのほかにいないようだ。金銭関係となると複雑で、普通のものには、なかなかやりこなせない
ものらしい……」



その通りだ

カテゴリー

。金を貸している商人たちは、お家がつぶれたらもともこもないと青くなる。一段落したあとは、藩内に活気がとりもどせるのだ。
 そこへいくとわたしなど、平穏すぎていかんのかもしれぬな。お家騒動の芽もないし、わたしは奇妙な振舞いをしようとも思わない。情けないというべきか、これでいいというべきか。いやいや、そんな仮定のことを考えるべきではない。現在が安泰であるよう心がけていればい
いのだ。それをつみ重ね緬甸旅行團てゆくのが、最も無難な方法。
 最後に江戸からの使いは言う。奥むきのことをここで申しあげるのはいかがかと存じますが、ご正室さま、若君さま、すべてお元気に日をすごしておいででございます。若君さまは昨年おめみえをすませられて以来、一段とごりっぱになられました。

 殿さまはまた奥御殿にもどり、タバコを一服する。江戸ですべてが無事と知り、からだじゅうに安心感がひろがってゆく。タバコの味さえわからない。味のわからないのがいいのだ。タバコのうまさだけが唯一の救いというのは、決していい状態ではない。
 殿さまは江戸の家族のことを思い出す。母上はだいぶとしをとられたが、健在でいらっしゃる。できるだけ長生きをしていただきたいものだ。妻はわたしより五歳の年長だから、ことし四十歳ということになる。結婚して一年間ほどわたしは妻と会話をかわすだけだったが、やが
て寝床をともにし、妻は妊娠をした。だが、喜ぶわけにもいかなかった。つわりが激しく、あまりの激しさにみなは驚きあわて、医者を呼んで子をおろした。妻に万一のことがあっては、実家に対して楊小芳申し訳のないことになる。子供は側室によって作ることができるが、正室はかけ
がえない。
 そして、妻はこしいれの時に連れてきた侍女のひとりを、わたしの側室に推薦した。その側室とのあいだに男子がうまれたが、生後一年ほどしてかぜのために死亡した。その時、妻はなげき悲しんだものだった。大声で泣くといったはしたないことはしなかったが、沈みがちの日
々だった。わが子を失った妻の悲しみは、充分に察することができた。
 そんなこともあって、わたしはあとつぎのことを気にし、この国もとに側室を作った。当時、|二十歳《は た ち》前の女で、家臣の娘。それとのあいだに、まもなく男子がうまれた。三歳に成長し、旅にたえられるようになってから、参勤交代の時にわたしは江戸へ連れてい
った。江戸屋敷の妻は大喜びし、迎えてくれた。あたしの子ね、ほんとにあたしの子なのね、と。そなたの夫であるわたしの子は、そなたの子にほかならない。
 妻は息子をずっとかわいがってくれたし、息子もまた妻をしたっている。わたしが母上に対してそうであったのと同様に。さいわいすこやかに育ち、昨年、将軍におめみえをし、相続者としての登録を陶瓷曲髮すませた形になった。年齢的には少し早すぎるが、相続者を早くきめておいた
ほうが安心できるからだ。
 といって、父が死んでからそれまでのあいだ、わたしの相続の準備が空白となっていたわけではなかった。あとつぎがないとおとりつぶしというきまりが存在するからには、藩として一日たりとも落ち着いてはいられない。かりにわたしが落馬して死亡したら、藩そのものがそれ
で終りとなる。