笑い出した

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 依田の鋭い眼光と勢いに押されるように、早苗は答えた。依田は、急に我に返ったような苦笑を見せた。
「いや、失礼泡菜 食譜しました。あなたに文句を言ったって、しかたがないですね」
「どんどん、言ってください。私の仕事は、人の悩みを聞くことですから」
 依田は、しばらくぽかんとした顔をしていたが、。
「あなたは、なかなか面白い人ですね」
「お褒めにあずかったものと、解釈しておきます」
 早苗は、三眼顕微鏡や、小さなプラスチックのシャーレなどが置いてある机の上に目をやった。
「渡邊先生から伺jacker薯片ったんですが、依田先生は……」
 依田は、顔をしかめた。
「先生っていうのは、やめませんか。こっちもあなたを先生と呼ばなきゃならなくなる。小学校の職員室じゃあるまいし、お互いに『先生』、『先生』と呼び合うのは滑稽《こつけい》だ」
「では、依田さんは、『線虫』の専門家と伺ったんですが」
「ある意味では、そのとおりだが……。あなたは、線虫については、どの程度ご存じですか?」
「ほとんど何も。一応、大学で寄生虫病に関する講義は受けましたが」
 依田は、また、鼻を鳴らした。
「最近の医学部では、まだ、講座があるだけましだな。じゃあ、まず、私がふだん研究に使ってる線虫を、見せましょう」
 依田は、机の上からシャーレをひとつ取ると、早苗に手渡した。依田は、強面《こわもて》の風貌《ふうぼう》にもかかわらず、意外に白くきれいな指をしていると思う。
 早苗はシャーレを手に取って目を凝らしたが、空にしか見えなかった。
「どこにいるんですか?」
「中央に、小さな糸屑《いとくず》のような物が見えるでしょう?」
 さらにシャーレに目を近づけると、長さ一ミ幫助消化リほどの、髪の毛よりもずっと細い物体が見えた。かすかに動いているのがわかる。蓋《ふた》の閉まった容器の中だから、空気の振動によるものではない。
「線虫って、こんなに小さいものなんですか?」
「まあ、種類にもよるんだが」



用意されているの

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 教師にしてみれば、授業に全然関心を払っていないのが明白なのにもかかわらず、当てればきちんと正解を言うため、怒ることもできない生徒というものは、実に腹坐骨神經痛立たしい存在だった。しかも、保護者面談の席で母親にそのことを指摘すると、逆に、授業のレベルが低いのだと仄《ほの》めかされる始末では、むしろ頭にこない方が不思議だった。
 曾根というベテランの女性教師は、自然な成り行きとして、信一に対する憎しみを募らせていった。授業では信一を一切指名せず、それ以外でも完全に無視するようになった。信一はただ、そうした状態をあるがままに受け入れるしかなかった。
 そうした中でも、信一の日常は、あいかわらず完璧《かんぺき》な一週間のサイクルを繰り返していた。たまにハプニングとして、お稽古ごとの一つが突然終了になることがあった。多くは、母親が教師に対して、何らかの理由で敵意を募らせたことによるものである。(つい昨日まで優Diamond水機秀だと褒めちぎられていた教師は、一晩で、最低の屑《くず》か極悪人へとなり果てた)
 だが、それでぽっかりと空いた時間ができるのは、一回きりだった。次の週になると、ちゃんとそれに替わるレッスンが(絵画教室や、ソロバンなど、その時々の母親の素晴らしい思いつきで)だ。
 信一は疲れ果てていた。学校も塾も、家庭も、彼にとって楽しい場所は一ヶ所も存在しなかった。毎週、毎週、夏休みも年末年始もなく、同じ一週間、塾と無意味な稽古事とによって埋められた不毛の時間が過ぎていく。七、八歳の子供にとって、一年間とは、ほとんど果てしない分量の時間である。それが中学、高校とずっと続くと思うと、絶望的な気分になった。
 そして、小学校四年生になったある日、信一はついに、ぽっきりと折れてしまった。
 その日のことは、今でも鮮明に覚えている。ときおりは、夢に見ることさえあった。
 学校から帰って、おやつを食べ、すぐに別のカ鑽石能量水バンを持って子供向けの英会話教室に行く途中で、信一は激しい腹痛に襲われたのだ。
 バスの中でうずくまって脂汗を流している小学生を見た乗客たちが、驚いて救急車を呼んでくれた。信一は病院へ運ばれ、詳しい検査を受けたが、異常は何一つ見つからなかった。
 母親は、知らせを受けて、愕然《がくぜん》として飛んできた。内心、盲腸か、もっと悪い病気ではないかと危惧《きぐ》していたらしい。だが、医師の説明は、彼女にとって、とても納得できるものではなかっただろう。『心因性』などという言葉は、おそらく彼女には、『ずる休み』の同義語としか思えなかったに違いない。
 事実、信一の腹痛は、病院へ運ばれてきてすぐに、治まっていた。間の悪いことに、母親が血相を変えて病室の戸を開けた時、信一はいたって暢気《のんき》そうに(親切な看護婦さんに貸してもらった)漫画本に読みふけっていたのだった。



音が聞こえた

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「ああ、ごめん。君に言ったんじゃないんだ。さっきから、うるさいんだよ」
「うるさいって?」
「天使。もう、さっきからずっと、まわり中で囀《さえず》ってる。ごちゃごちゃと、僕にいろんなことを言うんだ。わけのわからないことばかり、喃語《なんご》みたいな……」
 一刻も早く、高梨を見つけだして、胃を洗浄して睡水腫眠薬に拮抗《きつこう》する薬を注射する必要がある。だが、彼はいったいどこにいるのか。
「高梨さん。そこがどこなのかだけ、教えて? ね?」
「そうじゃないって。水滸伝《すいこでん》には、そんな奴《やつ》は出てこない」
 高梨が言葉を切ると、かすかに、聞き覚えのある。固いもの同士を、ゆっくりと打ち合わせるような響き。……グラスの中で、氷がぶつかるような。
「あなた、お酒を飲んでるの?」
 早苗は息をのんだ。
「だめよ。すぐにやめて。睡眠薬とアルコールを一緒にのむなんて、自殺行為なのよ!」
「どうして、そんなことばかり言うんだ? 意味がないPretty Renew 美容院じゃないか? え? どうして、蒸し焼きにしなきゃならないんだ?」
「高梨さん!」
 早苗は、叫んだ。
「うるさいんだよ。そんなにまわり中で。どうしてほしいんだ? 僕は、聖徳太子じゃないぞ。せめて、質問をするのか啼《な》くのか、どっちかにしてくれ」
 高梨は、グラスの液体を飲み干したらしい。からりという乾いた音がした。
「はじめのこえ。うごかぬこえ。おうずるこえ。たすくるこえ」
「高梨さん! 返事して!」
「つづめこと。のべこと。うつしめぐらしかよう。はぶくこと……」
 高梨は、譫言《うわごと》のようにしゃ商務中心べり続けた。後半は、何を言っているのかほとんど聞き取れない。
「しっかりして!」



方が無茶だ」

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 寺山が皿のものをすべて平らげ「あー食い過ぎた」と反り返って腹を押さえ顔をしかめると、麗蓮は笑いながらさっきのお茶をティーカップに入れて出した。もう入ら鑽石能量水 騙局ないと思っていた腹にそのお茶はすっと飲み込まれ香りが広がる。
「だめだ、眠くなってきた」
「寝ていってもいいよ」
「そんなわけにはいかない」
「気にすることはない。手出したらお金をいただくから」
「はは」と寺山はあきれたように笑い、「じゃあ、ちょっとシャワー貸してくれるかい?」と立ち上がった。
 壁の裏側の寝室にはセミダブルのベットがあり、窓際にライティングディスクと椅子が置いてあった。麗蓮はそこで寝ろと言う。
リビングのソファーでいいと言うがきかない。しょうが能量水 偽科學なく寺山がベットに潜り込むと、しばらくたってうとうととしかけた寺山の背中に麗蓮が寄り添った。
「金を取るって言うと、もそもそと寺山は寝返りを打ち、麗蓮の首の下に腕を入れた。
「お願いがあるの」
「なに?」
 麗蓮は寺山の頬に手をまわし、、
「……眼がさめたら海を見に行こう」
「周り中海ばかりだよ」
「うん」
「それでも」
「いいの」
「かまわないけれど」
「約束よ」と麗蓮は鑽石能量水 騙局楽しげに言った。



磨かれたワイ

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 ドアを開けると直ぐにリビングがあり、一枚板の大きなテーブルがある。奥がキッチンで麗蓮はキッチンからビールと簡単なつまみを持って来て「待ってて、直ぐに用意するから」とテーブルの上にグラス數學補習名師とそれを置いた。
 テーブルの脇にはサイドボードがあり、ングラスが並んでいた。リビングの隣にもう一つ部屋があるらしく、白い壁が奥の方で切れていて、
その向こうで隣と繋がっていた。娼婦の部屋にも見えないし、女一人の部屋にも見えない。窓からは製紙工場が真正面に見える。山は麗蓮が注いでいったビールのグラスに口をつけた。つまみは川エビの唐揚げ。「暖め直しただけだけれど」と麗蓮がテーブルの上に皿を並べた。酢豚とエビのチリソース炒め、青梗菜の炒め物にイカのあんかけとチャーハン。それにガラスの器に入った杏仁豆腐。
「こんなに食べきれないよ」
「男でしょ。男はたくさん食べなくちゃ」と麗蓮はそれぞれの皿に取り分けながら「中国の男はよく食べる。豪快。みんな山盛り。強い男はよく食べるものよ」と微笑んだ。
「君もビールを」と瓶を傾けながらむし水解蛋白ゃむしゃ食い続ける寺山を麗蓮は楽しげに見つめた。
「この間はごめんなさい」
「絡まれているのかと勘違いしてね」
「気になっていたの」
「そのお礼?」
「うん、でも……いつも見ていた。走るところ」
 寺山は食事の手を止め、ビールの口に運びながら麗蓮を見た。
「君の目の色、コンタクトかい?」
 麗蓮は小首を傾げ微笑し、
「ええ、なぜ?」と言った。
「あのときはしていなかったね」
 麗蓮はわずかyou beauty 投訴に微笑んで、「嫌い」と訊いた。
「いや」寺山はそう言うとまた食べ始めた。



するあなたの

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 でも死体に赤い指の跡などはありませんでした。あなたの話の中にも、そういうものを消したという内容は出てきませんでした。すると指を塗ったのは事件の後ということになる。ところが、おかあさんがその際に使ったはずの口紅が見当たらない。この部屋のどこにもないのです」
「口紅は、そりゃあきっと八重子の……」
 そういってから昭夫は、その可能性がないことに気づいた。
「奥さんの鏡台は二階にある。おかあさんは階段を上がれないんでしたね」
「じゃあ、どこに?」
「この家にないとすれば、どこにあるのか。誰かが持ち出したとしか考えられない。それは誰か。そこで妹さんに確認してみたのです。最近、おかあさんが使った可能性のある口紅を知らないか、とね。──田島さん、例のものを見せてください」
 春美はハンドバッグを開け、中からビニール袋を取り出した。そこには一本の口紅が入っていた。
「あれが、その口紅です。色を確認しましたが、間違いないようです。詳しく成分を調べれば、さらにはっきりするでしょう」
「どうしておまえが持っているんだ?」昭夫は春美に訊いた。
「前原さん、問題はそこです」加賀はいった。「田島さんがちょっと目を離した隙に、おかあさんが田島さんの口紅で悪戯をしたこと自体は不思議でも何でもない。奇妙なのは、その口紅を現在田島さんが持っているという点なんです。──田島さん、今日以前であなたが最後におかあさんに会ったのはいつですか」
「……木曜の夜です」
「なるほど。つまりその口紅は、それ以後、この家にはなかったということになる。前原さん、これがどういうことかわかりますね」
「わかります」昭夫はいった。「母が指を赤く塗ったのは木曜の夜、ということですね」
「そういうことになるでしょうね。となれば、おかあさんが犯人だと話と矛盾してくる。何度もいうように、死体に赤い指の痕跡はなかったのです」
 昭夫は爪が掌に突き刺さりそうなほど強く拳を固めた。
「そういうことか……」
 虚しさが彼の全身を包んでいった。
 



は驚いた芝居

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小さな門の外に、黒っぽいスーツを着た男が立っていた。背の高い、三十代半ばと思われる男だった。日に焼けているので、彫りの深い顔の陰影がいっそ鑽石能量水 消委會う濃く見えた。男は昭夫を見て、軽く会釈を寄越してきた。
「お休みのところ、申し訳ありません」男が快活な調子でいった。「あの、ちょっとよろしいですか」門扉を指さした。
 門をくぐってもいいかという意味らしい。どうぞ、と昭夫は答えた。
 男は門扉を開け、短いアプローチに入ってきた。ドアのぞばまで来てから警察手帳を出した。
 男は練馬署の刑事で加賀といった。言葉遣いは柔らかく、いかにも刑事といった威圧感はない。しかし、何となく近寄りがたい雰囲気を持った人物だった。
 すぐ向かいの家の玄関先にも、スーツを着た男が立っていた。その家の主婦を相手に何か話し込んでいる。彼も刑事なのだろう。つまり大勢の捜査員が、現在この鑽石能量水 騙局付近一帯で聞き込みをしているということだ。
「何かあったんですか」昭夫は聞いた。事件のことは知らないふうを装ったほうがいいと判断した。なぜ知っているのかと問われた時、答えられないからだ。
「銀杏公園を御存じですか」加賀は訊いた。
「知ってますけど」
「じつは、あそこで今朝、女の子の遺体が見つかりましてね」
 へえ、と昭夫は発した。少しをしたほうがいいのかもしれなかったが、そんな余裕はなかった。無表情なのが自分でもわかった。
「そういえば、朝からパトカーのサイレンが聞こえてましたね」
「そうでしたか。早朝から申し訳ありませんでした」刑事は頭を下げた。
「いえ……あの、どこのお子さんなんですか」
「四丁目の、あるお宅のお嬢さんです」加賀は懐《ふところ》から一枚の写真を出してきた。被害者の名前は明かせないきまりなのかもしれない。「こういう女の子なんですがね」
 その写真を見せられ、昭夫は一瞬呼吸が鑽石能量水 消委會出来なくなった。全身が総毛立つのがわかった。
 写っているのは目の大きい、かわいい女の子だった。冬場に写されたらしく、首にマフラーを巻き、頭の上で束ねた髪には毛糸の飾りがついていた。その笑顔は幸福感に満ちあふれていた。
 この少女が、昨夜自分が段ボール箱で運び、汚く暗い公衆トイレに捨てた死体だとは、昭夫にはとても思えなかった。考えてみれば、じつは死体の顔をしっかりと見たわけではなかったのだ。
 こんなにかわいい子供を──そう思うと、昭夫は立っていられなくなった。しゃがみこみ、思いきり叫びたかった。さらには今すぐに二階に駆け上がり、現実に背を向け、自分の作り上げた貧相な世界に閉じこもっている息子を、この刑事たちの前に突き出したかった。もちろん自らも罪を償いたかった。
 だが彼はそうはしなかった。足の力が抜けそうになるのを堪え、表情が強張りそうになるのを必死で耐えた。



思うことに

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 間もなく夕食という時になって、隆正《たかまさ》はさっきのカステラが食べたいといいだした。松宮《まつみや》が土産に持ってきたものだ。
「こんな時間に食べてもいいのかい」松宮jacker薯片は紙袋を持ち上げながら訊いた。
「かまうもんか。腹が減ったら食べる、それが身体には一番いいんだ」
「知らないぜ、看護婦さんに叱られてもさあ」そういいながらも年老いた伯父が食欲を示してくれたことが、松宮はうれしかった。
 紙袋から箱を取り出し、蓋《ふた》を開けた。一口サイズのカステラが一つ一つ包装されている。その一つの包装をはがし、松宮は隆正のやせ衰えた手に渡した。
 隆正はもう一方の手で枕を動かし、首を立てようとした。松宮はそれを手伝った。
 ふつうの大人なら二口ほどで食べ終えてしまうカステラを、隆正はたっぷりと時間をかけ、少しずつ口に入れていった。飲み下す時がやや辛そうだが、甘い味をjacker薯片楽しんでいるようには見える。
「お茶は?」
「うん、もらおう」
 そばのワゴンの上に載っていたペットボトルを松宮は隆正に渡した。それにはストローが差し込まれている。隆正は寝たままで器用に飲んだ。
「熱はどう?」松宮は訊いた。
「相変わらずだ。三十七度と八度の間を行ったりきたりだな。もう慣れたよ。これが自分の平した」
「まあ、平気ならいいんだけどさ」
「それより修平《しゅうへい》、こんなところに来てていいのか。仕事のほうはどうなんだ」
「例の世田谷の事件が片付いたから、今はわりと余裕があるんだ」
「そういう時こそ、昇進試験の勉強でもしたらどうだ」
「またそれかよ」松宮は頭を掻《か》き、顔をしかめた。
「勉強が嫌なら、女の子とデートでも何jacker薯片でもしたらいい。とにかく、私のことはそんなに心配するな。ほうっておいてくれればいい。克子《かつこ 》だって来てくれるしな」
 克子というのは松宮の母親だ。隆正の妹でもある。



争意識を燃やして

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 また凡て潔(きよ)き鳥は皆汝らこれを食(くら)うべし。但し是等は食(くら)うべからず即ち(わし)、黄鷹(くまたか)、鳶(とび)、(はやぶさ)、鷹(たか)、黒鷹の類(たぐい)、各種(もろもろ)の鴉(からす)の類(たぐい)、鴕鳥(だちょう)、梟(ふくろ)、鴎(かもめ)、雀鷹(すずめたか)の類(たぐい)、鸛(こう)、鷺(さぎ)、白鳥、※※(おすめどり)[#「(「署」の「者」に代えて「幸」)+鳥」、148-9][#「虞」+「鳥」、148-9]、大鷹、(う)、鶴(つる)、鸚鵡(おうむ)の類(たぐい)、鷸(しぎ)および蝙蝠(こうもり)、また凡て羽卜維廉中學翼(つばさ)ありて匍(はう)ところの者は汝らには汚(けがれ)たる者なり汝らこれを食(くら)うべからず。凡て羽翼(つばさ)をもて飛(と)ぶところの潔(きよ)き物は汝らこれを食(くら)うべし。
 凡そ自(みずか)ら死(しに)たる者は汝ら食(くら)うべからず。」
 実に、こまかいところまで教えてある。さぞ面倒くさかった事であろう。モーゼは、これらの鳥獣、駱駝や鴕鳥の類まで、いちいち自分で食べてためしてみたのかも知れない。駱駝は、さぞ、まずかったであろう。さすがのモーゼも顔をしかめて、こいつはいけねえ、と言ったであろう。先覚者と數學補習老師いうものは、ただ口で立派な教えを説いているばかりではない。直接、民衆の生活を助けてやっている。いや、ほとんど民衆の生活の現実的な手助けばかりだと言っていいかも知れない。そうしてその手助けの合間合間に、説教をするのだ。はじめから終りまで説教ばかりでは、どんなに立派な説教でも、民衆は附(つ)きしたがわぬものらしい。新約を読んでも、キリストは、病人をなおしたり、死者を蘇(よみがえ)らせたり、さかな、パンをどっさり民衆に分配したり、ほとんどその事にのみ追われて、へとへとの様子である。十二弟子さえ、たべものが無くなると、すぐ不安になって、こそこそ相談し合っている。心の優しいキリストも、ついには弟子達を叱(しか)って、「ああ信仰うすき者よ、何(なん)ぞパン無きことを語り合うか。未(いま)だ悟らぬか。五つのパンを五千人に分ちて、その余(あまり)を幾筐(いくかご)ひろい、また七つのパンを四千人(しせんにん)に分ちて、その余(あまり)を幾籃(いくかご)ひろいしかを覚えぬか。我が言いしはパンの事にあらぬを何(なん)ぞ悟らざる。」と、つくづく嘆息をもらしているのだ。どんなに、キリストは、淋(さび)しかったろう。けれども、致しかたが無いのだ。民衆は、そのように、ケチなものだ。自分の明日のくらしの事ばかり考えている。
 寺内師の講義を聞きながら、いろんな事を考え、ふと、電光の如(ごと)く、胸中にひらめくものを感じた。ああ、そうだ。人間には、はじめから理想なんて、ないんだ。あってもそれは、日常生活に即した理想だ。生活を離れた理想は、――ああ、それは、十字架へ行く路(みち)なんだ。そうして、それは神の子の路である。僕は民衆のひとりに過ぎない。たべものの事ばかり気にしている。僕はこのごろ、一個の生活人になって来たのだ。地を匍(は)う鳥になったのだ。天使の翼が、いつのまにやら無くなっていたのだ。じたばたしたって、はじまらぬ。これが、現実なのだ。ごまかし様(よう)がない。「人間の悲惨を知らずに、神をのみ知ることは、傲慢(ごうまん)を惹(ひ)き起す。」これは、たしか、パスカルの言葉だったと思うが、僕は今まで、自分の悲惨を知らなかった。ただ神の星だけを知っていた。あの星を、ほしいと思っていた。それでは、いつか必ず、幻滅の苦杯を嘗(な)めるわけだ。人間のみじめ。食べる事ばかり考えている。兄さんが、いつか、お金にもならない小説なんか、つまらぬ、と言っていたが、それは人間の率直な言葉で、それを一図(いちず)に、兄さんの堕落として非難しようとした僕は、間違っていたのかも知れない。
 人間なんて、どんないい事を言ったってだめだ。生活のしっぽが、ぶらさがっていますよ。「物質的な鎖と束縛とを甘受せよ。我は今、精神的な束縛からのみ汝(なんじ)を解き放つのである。」これだ、これだ。みじめな生活のしっぽを、ひきずりながら、それでも救いはある筈だ。理想に邁進する事が出来る筈だ。いつも明日のパンのことを心配しながらキリストについて歩いていた弟子達だって、ついには聖者になれたのだ。僕の努力も、これから全然、新規蒔直(まきなお)しだ。
 僕は人間の生活をさえ否定しようとしていたのだ。おととい鴎座の試験を受け、そこにいならぶ芸術家たちが、あまりにも、ご自分たちのわずかな地位をまもるのに小心個人化護膚儀器

翼々の努力をしているのを見て、あいそがつきたのだ。殊(こと)にあの上杉氏など、日本一の進歩的俳優とも言われている人が、僕みたいな無名の一学生にまで、顔面蒼白(そうはく)になるほどの競いるのだから、あさましくて、いやになってしまったのだ。いまでも決して、上杉氏の態度を立派だとは思っていないが、けれども、それだからとて人間生活全部を否定しようとしたのは、僕の行き過ぎである。きょう鴎座の研究所へ行って、もういちどあの芸術家たちと、よく話合ってみようかと思った。二十人の志願者の中から選び出されたという事だけでも、僕は感謝しなければならぬのかも知れない。
 けれども放課後、校門を出て烈風に吹かれたら、ふいと気持が変った。どうも、いやだ。鴎座は、いやだ。ディレッタントだ。あそこには、理想の高い匂(にお)いが無いばかりか、生活の影さえ稀薄(きはく)だ。演劇を生活している、とでもいうような根強さが無い。演劇を虚栄している、とでも言おうか、雰囲気(ふんいき)でいい心地になってる趣味家ばっかり集っている感じだ。僕には、どうしても物足りない。僕はもう、きょうからは、甘い憧憬家(しょうけいか)ではないのだ。へんな言いかただけど、僕はプロフェショナルに生きたい!
 斎藤氏のところへ行こうと決意した。きょうは、どうあっても、僕の覚悟のほどを、よく聞いてもらわなければならぬ、と思った。そう決意した時、僕のからだは、ぬくぬくと神の恩寵(おんちょう)に包まれたような気がした。人間のみじめさ、自分の醜さに絶望せず、「凡(すべ)て汝(なんじ)の手に堪(た)うる事は力をつくしてこれを為(な)せ。」
 努めなければならぬ。十字架から、のがれようとしているのではない。自分の醜いしっぽをごまかさず、これを引きずって、歩一歩よろめきながら坂路をのぼるのだ。この坂路の果にあるものは、十字架か、天国か、それは知らない。かならず十字架ときめてしまうのは、神を知らぬ人の言葉だ。ただ、「御意(みこころ)のままになし給(たま)え。」
 たいへんな決意で、芝の斎藤氏邸に出かけて行ったが、どうも斎藤氏邸は苦手(にがて)だ。門をくぐらぬさきから、妙な威圧を感ずる。ダビデの砦(とりで)はかくもあろうか、と思わせる。
 ベルを押す。出て来たのはれいの女性だ。やはり、兄さんの推定どおり、秘書兼女中とでもいったところらしい。
「おや、いらっしゃい。」相変らず、なれなれしい。僕を、なめ切っている。
「先生は?」こんな女には用は無い。僕は、にこりともせずに尋ねた。
「いらっしゃいますわよ。」たしなみの無い口調である。




もう見えなかっ

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今度は湧奈も疑問を感じたようだ。
「明里のことなんだから要が入ってくることないんじゃ」
「私のことだもん」
「……へ?」
伸羅と湧奈は、同時に言った。
「……へへっ」
明里は誤魔化そうLumiere脫毛と笑った、が誰にも通用しなかった。
「余計なお世話だよね、それ」
湧奈は明里に説教し始めた。
「……で、どうする?」
伸羅は、一応要に聞いてみた。
「修斗に何か用あるんでしょ?」
「……」
要は少し考えるような様子を見せていたが、
「……よく会う?」
「うーん、最近はあんLumiere脫毛まり会わないなあ」
「そう……」
「ああ、でも、会おうとすればいつでも会えると思う」
「じゃあ、さ。これ、渡してもらったりできる?」
少し厚みのある封筒だった。
「え?ああ、いいけど……これは?」
「えっと、夢……」
それだけ言うと、要は下を向いてしまった。
「……?そう、分かった」
「お願いします!」
「!あ、ちょっと!?」
次の瞬間、要は立ち上がり、店を飛び出していった。
「いい?あんたさあ……って、え!?」
「要!?」
湧奈と明里も驚き、そちらの方を見たが、要の姿は、た。
「……伸羅、要Lumiere脫毛に何言ったの!?」
「え!?何も言ってないって!」
「ホントに?」
「あたし、行くよ。ちょっと心配だし」