用意されているの

カテゴリー



 教師にしてみれば、授業に全然関心を払っていないのが明白なのにもかかわらず、当てればきちんと正解を言うため、怒ることもできない生徒というものは、実に腹坐骨神經痛立たしい存在だった。しかも、保護者面談の席で母親にそのことを指摘すると、逆に、授業のレベルが低いのだと仄《ほの》めかされる始末では、むしろ頭にこない方が不思議だった。
 曾根というベテランの女性教師は、自然な成り行きとして、信一に対する憎しみを募らせていった。授業では信一を一切指名せず、それ以外でも完全に無視するようになった。信一はただ、そうした状態をあるがままに受け入れるしかなかった。
 そうした中でも、信一の日常は、あいかわらず完璧《かんぺき》な一週間のサイクルを繰り返していた。たまにハプニングとして、お稽古ごとの一つが突然終了になることがあった。多くは、母親が教師に対して、何らかの理由で敵意を募らせたことによるものである。(つい昨日まで優Diamond水機秀だと褒めちぎられていた教師は、一晩で、最低の屑《くず》か極悪人へとなり果てた)
 だが、それでぽっかりと空いた時間ができるのは、一回きりだった。次の週になると、ちゃんとそれに替わるレッスンが(絵画教室や、ソロバンなど、その時々の母親の素晴らしい思いつきで)だ。
 信一は疲れ果てていた。学校も塾も、家庭も、彼にとって楽しい場所は一ヶ所も存在しなかった。毎週、毎週、夏休みも年末年始もなく、同じ一週間、塾と無意味な稽古事とによって埋められた不毛の時間が過ぎていく。七、八歳の子供にとって、一年間とは、ほとんど果てしない分量の時間である。それが中学、高校とずっと続くと思うと、絶望的な気分になった。
 そして、小学校四年生になったある日、信一はついに、ぽっきりと折れてしまった。
 その日のことは、今でも鮮明に覚えている。ときおりは、夢に見ることさえあった。
 学校から帰って、おやつを食べ、すぐに別のカ鑽石能量水バンを持って子供向けの英会話教室に行く途中で、信一は激しい腹痛に襲われたのだ。
 バスの中でうずくまって脂汗を流している小学生を見た乗客たちが、驚いて救急車を呼んでくれた。信一は病院へ運ばれ、詳しい検査を受けたが、異常は何一つ見つからなかった。
 母親は、知らせを受けて、愕然《がくぜん》として飛んできた。内心、盲腸か、もっと悪い病気ではないかと危惧《きぐ》していたらしい。だが、医師の説明は、彼女にとって、とても納得できるものではなかっただろう。『心因性』などという言葉は、おそらく彼女には、『ずる休み』の同義語としか思えなかったに違いない。
 事実、信一の腹痛は、病院へ運ばれてきてすぐに、治まっていた。間の悪いことに、母親が血相を変えて病室の戸を開けた時、信一はいたって暢気《のんき》そうに(親切な看護婦さんに貸してもらった)漫画本に読みふけっていたのだった。