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 でも死体に赤い指の跡などはありませんでした。あなたの話の中にも、そういうものを消したという内容は出てきませんでした。すると指を塗ったのは事件の後ということになる。ところが、おかあさんがその際に使ったはずの口紅が見当たらない。この部屋のどこにもないのです」
「口紅は、そりゃあきっと八重子の……」
 そういってから昭夫は、その可能性がないことに気づいた。
「奥さんの鏡台は二階にある。おかあさんは階段を上がれないんでしたね」
「じゃあ、どこに?」
「この家にないとすれば、どこにあるのか。誰かが持ち出したとしか考えられない。それは誰か。そこで妹さんに確認してみたのです。最近、おかあさんが使った可能性のある口紅を知らないか、とね。──田島さん、例のものを見せてください」
 春美はハンドバッグを開け、中からビニール袋を取り出した。そこには一本の口紅が入っていた。
「あれが、その口紅です。色を確認しましたが、間違いないようです。詳しく成分を調べれば、さらにはっきりするでしょう」
「どうしておまえが持っているんだ?」昭夫は春美に訊いた。
「前原さん、問題はそこです」加賀はいった。「田島さんがちょっと目を離した隙に、おかあさんが田島さんの口紅で悪戯をしたこと自体は不思議でも何でもない。奇妙なのは、その口紅を現在田島さんが持っているという点なんです。──田島さん、今日以前であなたが最後におかあさんに会ったのはいつですか」
「……木曜の夜です」
「なるほど。つまりその口紅は、それ以後、この家にはなかったということになる。前原さん、これがどういうことかわかりますね」
「わかります」昭夫はいった。「母が指を赤く塗ったのは木曜の夜、ということですね」
「そういうことになるでしょうね。となれば、おかあさんが犯人だと話と矛盾してくる。何度もいうように、死体に赤い指の痕跡はなかったのです」
 昭夫は爪が掌に突き刺さりそうなほど強く拳を固めた。
「そういうことか……」
 虚しさが彼の全身を包んでいった。